キリスト教の真実

2012年07月16日

書名 : キリスト教の真実 ~西洋近代をもたらした宗教思想~
著者名 : 竹下 節子
出版社 : 筑摩書房(ちくま新書, 2012年4月)


 民主主義・自由主義・合理主義などの西洋近代概念がキリスト教を礎としていること、しかもその始まりにはキリスト教の否定が必要であったことが述べられている。具体的には、プロテスタントが「暗黒の中世」としてカトリックを無知蒙昧の元凶と否定することにより西洋近代が作られたということである。その結果、民主主義や政教分離の概念などの西洋近代理念は国によって微妙な概念的差異をもたらした。宗教と近代化を両立させるための歴史的経緯が異なったからである。
 グローバリゼーションの進んだ国際社会に日本が対応するためには、世界標準となりつつある西洋近代概念の由来、思想背景を充分に理解することが必要不可欠である。欧米諸国同士は国による民主主義や政教分離の違いを互いによく理解した上でいろいろな駆け引きをしながら国際交渉に臨んでいるのだが、その絶妙な機微が理解できない日本人は今のままでは欧米中心の国際社会で対等に伍していけない。

 というのが表向きの本書の主旨であるが、著者が本当に言いたいのは、次のようなことではないかと思える。
 西洋近代理念はカトリック・フランス型とプロテスタント・アメリカ型に大別され、20世紀から現代まではアメリカ型が世界を席巻してきた。しかし、イスラム世界と中国を中心とするアジア世界が経済的な力を持ちつつある今後、西洋近代理念を世界標準として維持していくためには、西洋近代理念の人類普遍性を改めて問い直すことが必要である。そして、プロテスタント・アメリカ型よりもカトリック・フランス型の方が普遍性を持っているのであり、世界はそして日本人は、カトリックの人類普遍的な犠牲愛、人間中心主義を正しく理解し、それがいかにすればイスラムやアフリカ・アジアの伝統文化と共存できるかあるいは発展的に融合できるかということを考えねばならない。

 中世史の民俗学的なアプローチが一般に普及して以後「暗黒の中世」という歴史観は現代ではあまり喧伝されていないように思うが、資本主義の発達とそれを心理的に担ったプロテスタンティズムが近代社会の主流になっていく過程で、カトリックを蒙昧と糾弾することでその熟成の出汁に使われたという論理は分かりやすく説得力もある。また、信教の自由や政教分離、民主主義といった言葉が欧米じゅうで明確に統一された概念ではないということも新鮮だった。主張を補完するための様々なエピソードも興味深い。例えば、ヨハネ・パウロ2世の神学者としての業績の革新性などは全く知らなかったので勉強になった。
 ただ、本書はカトリックとフランスに肩入れし、プロテスタントとアメリカに批判的な傾向が強く見られる。著者はフランス在住で長くカトリックの研究をしているようなので、それは致し方ないのだろうが、特にアメリカ批判の部分とカトリック礼賛の部分では、本文の論理展開から唐突に離れてしまう所が何箇所か見られた。
 本書の叙述は著者がかなりの博識ということもあって、必要の無いと思われる難解な比喩が時々あり、また論の進め方が叙述とともに流れて主旨がつかみにくい所も多いので、決して読みやすくはない。論理の展開が強引に思える部分もある。しかし、欧米各国の外交交渉を理解するためにも、欧米人のものの考え方を知るためにも、多くの有益な知識を授けてくれる本だと思う。



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