気に入った洋楽の歌詞を和訳しています。

Riverside : Agnes Obel



Down by the river by the boats
川を下るボートの数々
Where everybody goes to be alone
そこは、誰もが孤独になろうと行く場所
Where you won't see any rising sun
そこは、日の出など見ることができない場所
Down to the river we will run
川へ向かって、私たちは走る

When by the water we drink to the dregs *1
私たちは、その水を飲み尽くす頃に
Look at the stones on the river bed
川床にある石の数々を見つめる
I can tell from your eyes
あなたの目を見れば分かる
You've never been by the riverside
あなたはまだ川辺に行ったことがないのでしょう

Down by the water the river bed
川を下り、川床を歩くと
Somebody calls you somebody says
誰かが呼びかけ、言う
"Swim with the current and float away."
「流れに乗って泳ぎなさい。そして、漂い、流されなさい」
Down by the river everyday
毎日、川を下る

Oh my God I see how everything is torn in the river deep
ああ、なんてこと。川の深みではすべてが引き裂かれ傷つけられている
And I don't know why I go the way
そして、なぜ自分がこの道を行くのか、その理由を私は知らない
Down by the riverside
川沿いを歩いている

When that old river runs past your eyes
年老いた川があなたの目の前を流れ行き
To wash off the dirt on the riverside
川岸の泥を洗い流していたら
Go to the water so very near
行きなさい。その水のすぐ近くまで
The river will be your eyes and ears
そうすれば、川はあなたの目となり耳となるでしょう

I walk to the borders on my own
川岸の縁まで自分一人で歩き
And fall in the water just like a stone
水の中へ落ちる。まるで石ころのように
Chilled to the marrow in them bones *2
骨の髄まで冷やされる
Why do I go here all alone
なぜ私は独りぼっちでここへ来たのだろう?

Oh my God I see how everything is torn in the river deep
ああ、なんてこと。川の深みではすべてが引き裂かれ傷つけられている
And I don't know why I go the way
そして、なぜ自分がこの道を行くのか、その理由を私は知らない
Down by the riverside
川沿いを歩いている

Oh my God I see how everything is torn in the river deep
And I don't know why I go the way
Down by the riverside

Oh oh, I, oh oh, I, oh oh, I
Down by the riverside, down by the riverside


備考
  1. dreg : (飲み物の)かす、おり。つまらないもの、くず
    drink ~ to the dregs : ~を一滴残らず飲み尽くす、(世の快楽・苦労を)味わい尽くす
    ※この2行は「人はその生を終える間際になって様々なことを初めて知ることになる」などの隠喩ではないだろうか。
  2. marrow : 髄。心髄、精髄、主要部。力、栄養物

 agnes obel riverside

 アグネス・オベルは、1980年にデンマーク・コペンハーゲンに生まれ、現在はドイツに在住するシンガーソングライターです。この歌は、2010年のデビューアルバム Philharmonics に収録されています。
 この歌についてオベルはインタビューで次のように語っています。
「"リバーサイド" は "水" についての歌。このアルバムの曲は全部ベルリンのスプリー川の側で書いたの。…(中略)…
 人はどのようにしたら姿形を変えて "何か違うもの" になることができるのだろうか、"別人" になることができるのだろうか、ということが書きたかった。そして、どのようにしてまたはどんな時にこの不思議な "変形・形質転換" を遂げた人に会えるのだろうかということを…、分かるかしら? その頃は、私自身が人生の中で大きく変わっている時期で、そのような事も書きたかった。"水" はある世界と別の世界を分ける "境界" としての意味で使っているの」
http://www.songfacts.com/blog/interviews/agnes_obel/ ※翻訳はニュアンスが微妙に間違っている気もするので、原文を読まれることをお奨めします。)
 上のインタビューで彼女が使っている transform という英語は「形・性質・機能を変える、変形・変態する」という意味の言葉です。おそらく「何か全く違ったものに変わる」時に使う言葉で、例えば普通の人間がスーパーヒーローや魔法少女に "変身する" のもこのトランスフォームという言葉を使うのではないかと思います。
 このインタビューを踏まえてこの歌詞から私が感じる内容は次のようなものです。
 この世界に疎外感を覚える「私」は、孤独を求め「世界の果て=川」へ行く。流れる水は人生の隠喩であり、川はその「ぎりぎりの場所」を表す。人は皆流れる水の中で傷つき引き裂かれており、目的も理由も分からずただ流れ続けている。そして、人生の終わりが近づき、水を飲み尽くし川を干上がらせて初めて自分がしてきた事、やり残した事など様々な事に気づく。だから、もしも「年老いた=経験の豊富な」異世界と出会う可能性があるのなら、思い切って足を踏み出し、異世界へ落ちてしまえばいい。そうすれば、「私」は「新たな目と耳」を手に入れることができるだろう。そして、理由も分からず流れに翻弄される人生から、いくらかは自らの意思で泳げるように、あるいは流れを作れるようになるかもしれない…。
 これはあくまでも私的な解釈なので、人により感じる内容はさまざまなのでしょう。いずれにせよ、隠喩に満ちた美しい歌詞だと思います。

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