気に入った洋楽の歌詞を和訳しています。

Captain Kennedy : Neil Young



I am a young mariner headed to war *1
俺は若い海兵隊員。これから戦争に行く
I'm thinkin' 'bout my family and what it was for *2
家族について考えている。家族は何のためにあったのだろうと
There's water on the wood and the sails feel good *3
甲板に水しぶきが上がる。航海は気持ちがいい
And when I get to shore, I hope that I can kill good
上陸した時には、上手く殺せればいいのだが

My father was a sailor named Captain Kennedy *4
父は船乗りで、ケネディ船長と呼ばれた
He lost his wooden schooner to the Germans on the sea *5
父は木造帆船を失った。ドイツ人のせいで
Exploded on the water for everyone to see
海上で爆発するそれを多くの人間が見ていた
And humiliate that American, Captain Kennedy *6
アメリカ人にとって、ケネディ船長にとって屈辱だった

I saw him in Nassau in 1971 *7
1971年にナッソーで父を見た
His strength was failin' but he still ran a run *8
往年の強さは衰えていたが、まだ走り続けていた
He worked 'til his fingers wore to the bone *9
身を粉にして働いていた
To buy that wooden schooner and sail on his own
木造帆船を買って自力で航海するためだった

He was known in the islands as hundred foot iron *10
父はその島で "100フィートの鉄" として知られていた
That steel hull freighter was passin' its time *11
鋼鉄の貨物船とともに日々暮らしていた
And time flew by faster with life on the sea
常に海上にある人生。過ぎ行く時は早さを増し
And the days grew shorter for Captain Kennedy *12
ケネディ船長の一日は、日々短くなっていく

I am a young mariner headed to war
俺は若い海兵隊員。これから戦争に行く
I'm thinkin' 'bout my family and what it was for
家族について考えている。家族は何のためにあったのだろうと
There's water on the wood and the sails feel good
甲板に水しぶきが上がる。航海は気持ちがいい
And when I get to shore, I hope that I can kill good
上陸した時には、上手く殺せればいいのだが


備考
  1. be headed to ~ : ~に向かう、~を目指す
    ※ mariner は辞書には「水夫、船乗り、船員」とあるが、marine は「海兵隊」(海軍は navy)であり直後に「戦争に行く」とあるため、ここでは海兵隊の兵士を指しているのだろう。ちなみに海軍の水兵は海上での艦の操作や海上戦闘に携わるのに対し、海兵隊は上陸作戦等における陸戦に携わり隊員には優れた各種戦闘能力が要求される。
  2. ※ "what it is for" は「それは何のためにあるのか、何に使うのか、何に役立つのか」等の意味。ここでは、"it" が何を指しているのかよく分からない。通常は直前にある名詞 "family" を指すととるのが妥当なのだろうが、文脈がよく理解できない。"war 戦争" を指し「何の為の戦争、何を目的とした戦争」と解釈すると "was" ではなく "is" と現在形にすべきだと思われ、違うような気がする。
  3. ※ "wood" は「木、木材、林」であり「甲板」という意味はないが、分からなかったので想像で訳した。
    sail : 帆、帆船、船、帆走、航海、巡航
  4. sailor : 水夫、船乗り、船員、海員、水兵、海軍軍人
    ※この歌詞のみでは「父」が軍人だったのか民間人だったのかは定かではないが、作曲の経緯からすると、民間人であったと設定されているはずである。
    captain : アメリカでは海軍・沿岸警備隊の大佐、陸軍・空軍・海兵隊の大尉。他に、船長・艦長・機長や首領、指導者、隊長等の意味もある。
    ※この歌での "Captain" は「船長」を意味している。
    ※アメリカの海兵隊は他とは独立した軍であり独自の指揮命令系統を持つ。陸戦を専門とする兵士により構成され、第二次大戦の上陸作戦でも活躍した。
    name : 名づける、命名する、~を…と呼ぶ。名を言う、名を挙げる
  5. schooner : 2本以上のマストに縦帆を張った船。18世紀以降主にアメリカで発達し、漁業や沿岸貿易などに使われた。なお、軍用船としての帆船は19世紀末から20世紀初頭にかけて蒸気船にその地位を奪われ、第一次大戦時にはすでにあまり使われていない。
    lose ~ to … : ~を…に明け渡す、とられる。…のせいで~を亡くす、失う
  6. humiliate : 屈辱を与える、恥をかかせる
    ※ Captain Kennedy のモデル、ルー・ケネディはカナダ人なので、この「アメリカ人」というのはニール・ヤングの創作である。
  7. Nassau : 1. 西インド諸島バハマ国の首都。2. 米ニューヨーク州ナッソー郡 3. 米フロリダ州ナッソー郡
    ※「ナッソー」は、作曲の経緯から、また次の連で「その島」とあることなど文脈上バハマの首都がふさわしい。
  8. fail : 失敗する、しくじる。試験等に落ちる。素質等が足りない、欠乏・不足する、充分でない、尽きる。弱る、衰える、枯れる、しなびる
    run : ある方向に動き続ける(動かし続ける)
  9. wear one's fingers to the bone : 身を粉にする
    wear : 身につけている、髪や髭を生やしている、使い古して擦り減らす
  10. hundred foot : 100フィート。"hundred foot iron" のように [数詞 foot 名詞] の場合、feet ではなく foot を用いることが多い。
  11. hull : 船殻、船体。穀粒・種子の外皮(船殻=船体は船の外殻構造のこと。水に浮かぶための最低限の構造を指す)
    freighter : 貨物船、貨物輸送機、貨物輸送車
    pass one's time : 暮らす、時を過ごす、時間をつぶす
  12. the days grow shorter : 日が短くなる

 neil young hawks & doves

 1980年、大統領選挙の前日に発売されたアルバム "Hawks & Doves タカ派とハト派" より。現職大統領だった民主党のジミー・カーターは予備選挙でケネディ元大統領の弟エドワード・ケネディを破りましたが、本選で共和党のロナルド・レーガンに破れました。エドワード・ケネディが予備選で負けた理由は、自身が1969年に起こした交通事故の倫理的な問題を問われたためです。この事故では妻帯者であったエドワード・ケネディの不倫、飲酒・薬物使用の末の自損事故、不倫相手の救助を怠り死に至らしめたことなどが取り沙汰されていました。この件はこの歌とは関係なさそうですが、ケネディという固有名詞がどうしても気になるので、歌詞について調べていて見つけた事実を参考までに書いておきました。
 とても分かりにくい歌詞です。私が疑問に思うのはおおまかには次のような所です。1. 「キャプテン・ケネディ」は軍人だったのか、彼が船を失ったのは第二次大戦のヨーロッパ上陸作戦なのか、また、彼はジョン・F・ケネディを象徴させているのか? 2. 1971年のナッソーは何を隠喩しているのか? 3. 「キャプテン・ケネディ」が晩年に得た「鋼鉄の貨物船」は稼動していたのか、また、晩年の彼の思いはどのようなものだったのか? 4. 「俺」の「父」に対する思いはどのようなものであるのか、また、「俺」はこれから行く「戦争」に対してどう思っているのか?

 ここまでの文章は2年以上前に書いていたものです。翻訳はしたものの歌詞の主題や主旨がどうしても分からなかったため、ずっと放置していました。先日あらためて調べてみると "Captain Kennedy" にはモデルとなった人物が実在したことが分かり、ようやく記事として掲載することにしました。
 この歌の主人公のモデルはカナダ出身の貨物船運行者 Lou Kenedy(1910-1991) です。彼は北米では "伝説の船乗り" として有名な人物で、マスメディアに登場したり、伝記も書かれているようです。ニール・ヤングは彼と会ったことがあり、おそらく彼の生き方に感銘を受けてこの歌を作ろうと思ったのでしょう。ルー・ケネディについては、下のサイトなどを参照下さい。
 http://www.svsarah.com/Sailing/LouKenedyOverview.htm
 http://archive.naplesnews.com/news/local/sailors-yarns-find-permanent-place-tween-the-covers-ep-405209659-345735052.html/
 https://en.wikipedia.org/wiki/Lou_Kenedy
 1942年9月、カナダ・ニューファンドランド島のレース岬南方沖500マイルの北大西洋上で、ルー・ケネディの船はドイツの潜水艦Uボートに沈められました。ケネディ船長と6人の乗員、一匹の犬は、嵐の中ボートで6日間の漂流の後救助されます。1930年代から50年にわたってカナダ・カリブ海間の海上貨物輸送業に携わり、時代遅れとなった "帆船" による貨物輸送にこだわり続けたルー・ケネディの生き方や矜持には、共感や尊敬の念を抱く人も多かったようです。人生のほとんどを海上で送り、船上で生活する人生、冒頭のUボートによる砲撃などの数々の冒険譚も人々の興味を引いたのでしょう。
 このような事を知った上で、前述の疑問を改めて考えてみました。
 まず、1.ですが、キャプテン・ケネディは民間人であり、彼が船を失ったのはヨーロッパ上陸作戦ではありませんが第二次大戦中ではありました。ケネディという名は、ルー・ケネディの綴りが Kenedy と n が一つ、ケネディ大統領は Kennedy と n が二つです。ニール・ヤングが勘違いしたのか、モデルをぼかすためにあえて Kennedy に変えたのかは分かりません。個人的な想像では、ジョン・F・ケネディは1917年生まれで1910年生まれのルー・ケネディと世代が近く、戦争で砲撃されたカナダの民間貨物業者と元軍人でベトナム戦争に積極的に介入し泥沼化の端緒を作った米大統領という対照的な二人の人物をだぶらせてイメージさせる意図があったのかもしれません。
 2.のナッソーがバハマの首都であるのは明らかです。当時アメリカはベトナム戦争の北爆から6年、戦争の泥沼化に対し国民の批判が高まっていました。一方、ルー・ケネディはここを拠点として戦争とは何の関わりもなく相変わらず海上貨物輸送の仕事に励んでいます。このナッソーのくだりは、彼が軍事や戦争に生涯関わらなかったことを示唆するものとして置いてあるのではないでしょうか。
 3.については、初めて翻訳した時には *10 の "passin' its time" を「無為に過ごす、無駄に時を費やす」というニュアンスがあるのかもしれないと誤って推測していたために起きた疑問でした。ルー・ケネディの存在を知った今は、鋼鉄船は普通に稼動していたと思います。晩年の彼の思いについては、これは全くの想像ですが、特に若い頃と思想が変わることもなく、海上の人生に対する矜持を持ち続けていたのではないでしょうか。
 4.については、実は今もよく分かりません。カナダ人ルー・ケネディには三人の娘と一人の息子がいました。子供たちはやはり船上で育てられ、息子は幼い頃から船乗りとして鍛えられます。インタビューによれば、12歳の頃にはルー・ケネディは息子にとって "父親" ではなく "船長" という存在であったそうです。18歳になった彼は、アメリカの市民権を取得したいと思うようになり、米海軍に入り航海士として10年間を過ごし、その後はワシントンで非営利団体の職員として働きました。結果としては父親が望んだような "船乗り" としての人生を送ることはなかったようです。歌詞中の「俺」にルー・ケネディの息子を投影させようというニール・ヤングの意図があったのかどうかは分かりません。ただ、ベトナム戦争末期を時代背景として、終生を民間人として過ごした父、船乗りではなく海兵隊員として戦争に臨む息子という対比を伝えようという意思は感じられます。その観点からは、「俺」は「上手く殺せればいい」と言いながらも、父親に対する尊敬の念も含めた自分自身の選択に対する後悔にも似た感情を抱いているのではないかと、私には思われます。

 最後に、この歌のメロディに借用されたと思われる元歌がありますので、その歌詞を以下に紹介しておきます。"Captain Kennedy" について調べていた際に偶然見つけたもので、その時はニール・ヤングの歌詞に影響を与えたものかもしれないと翻訳してみたのですが、結果的にはあまり関係がないようだと分かりました。ただ、ニール・ヤングがこの歌を知っていたのは明らかなので、参考までに掲載します。
 ケリー・ハレル(1889-1942)はカントリー歌手で、1920年代に数年間歌手活動をしていたそうです。この歌は古くから伝わるもので、歌詞も彼のオリジナルではないようです。内容は、西部開拓時代の孤独な放浪者の生活を描いたものだと思われます。

My Name Is John Johanna : Kelly Harrell & Virginia String Band 1927



My name is John Johanna, I came from Buffalo town
俺の名はジョン・ジョアンナ。バッファローという町の出身だ
For nine long years I've traveled this wide, wide world around
9年もの間、この広い国じゅうを旅してきた
Through ups and downs and miseries and some good days I saw
その間浮き沈みもあった。惨めな目にもあったし、いい時もあった
But I never knew what misery was 'til I went to Arkansas
だが、アーカンソーに行った時ほど悲惨な目にあった事は他になかった

I went up to the station, the operator to find
駅に行き、職員を見つけ、
Told him my situation and where I wanted to ride
話した。自分の状況とどこへ行きたいかを
Said, "Hand me down five dollars, lad, a ticket you shall draw
「5ドルよこしな、兄ちゃん。切符をやるよ
That'll land you safely by railway in the state of Arkansas"
そいつがお前をアーカンソーまで安全に連れて行ってくれるさ」

I rode up to the station and chanced to meet a friend
駅の構内に入ると、偶然友人に出会った
Alan Catcher was his name although they called him Cain
奴の名はアラン・キャッチャー。みんなからはケインと呼ばれていたが
His hair hung down in rat tails below his under-jaw
髪を鼠の尻尾のように束ねて顎の下まで垂らしていた
He said he run the best hotel in the state of Arkansas
奴が言うには、アーカンソーで一番のホテルを経営しているらしい

I followed my companion to his respected place
奴の "ご立派な" 土地へと付いて行った
Saw pity and starvation was pictured on his face
だが、奴の顔には "無念" や "窮乏" が浮かんでいた
His bread was old corn dodger, his beef I could not chaw
奴の出すパンは古いトウモロコシ粉のだんごで、肉はとても噛み切れなかった
He charged me fifty cents a day in the state of Arkansas
アーカンソーで、奴は1泊50セントを請求した

I got up that next morning to catch that early train
俺は翌日の一番列車に乗ろうと、朝早く起きた
He says, "Don't be in a hurry, lad, I have some land to drain
奴は言った。「そう慌てるなよ。干拓しなくちゃならない土地を持ってるんだ
You'll get your fifty cents a day and all that you can chaw
日に50セント払うぞ。それに賄い付きだ
You'll find yourself a different lad when you leave old Arkansas"
古き良きアーカンソーを離れても、自分が変わり者だって気づくだけだぞ」

I worked six weeks for the son of a gun, Alan Catcher was his name
それで、このろくでなし、アラン・キャッチャーの元で6週間働いた
He stood seven feet two inches, as tall as any crane
奴は背が7フィート2インチもあった。どんなつる草より高かった
I got so thin on sassafras tea, I could hide behind a straw
俺はササフラス茶のせいかどんどん瘦せた。藁にも隠れるんじゃないかってほどに
You bet I was a different lad when I left old Arkansas
お前は言ったよな。アーカンソーを去るなんて変わり者だって

Farewell, you old swamp rabbits, also you dodger pills
さよならだ。可愛い沼ウサギたちよ。固すぎるトウモロコシパンよ
Likewise you walking skeletons, you old sassafras hills
骸骨みたいに痩せた同僚たちよ。ササフラスの生える丘よ
If you ever see my face again, I'd hand you down my paw
万が一お前とまた顔を合わすことになったら、犬のように "お手" でも "おかわり" でもしてやるよ
I'd be looking through a telescope from home to Arkansas
アーカンソーなんざ金輪際家から望遠鏡でのぞくだけのつもりだからな

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